藤本タツキ先生の読み切り「ルックバック」がとにかく凄いとしか言えなかった件

藤本タツキ先生の読み切り「ルックバック」がとにかく凄いとしか言えなかった件

藤本タツキ先生の読み切り「ルックバック」感想

 

 

140ページ超えの読み切りという事で凄まじい程話題になっている

 

「ルックバック」

 

「ファイアパンチ」や「チェンソーマン」の藤本タツキ先生の最新読み切りという事で楽しみにしていましたが、これがもう一言では感想を言えないようなとにかく凄い作品となっていました。

とにかく色々な要素が詰まりまくっていて読者に色々と考えさせるような内容となっているんですよね。

読んだ後に誰かと語りたくなるような作品であり、特に漫画を描いていたり創作に関わっていたりする人にはとにかく刺さりまくるのではないでしょうか。

 

今回は「ルックバック」のどの辺りが凄かったのかを簡単にまとめてみたいと思います!

 

チェンソーマン最終回97話感想考察!最高に映画的な第一部完!!第二部とアニメ化決定おめでとう!!

 

藤本タツキ先生の最新作「ルックバック」の凄さ

 

 

正直最初に読んだ時はシンプルに「藤本タツキ先生ってやっぱり天才だわ!!」と思いました

もうとにかくセンスが圧倒的で140ページ超えというページ数を贅沢に使っているのが凄いんです。

「ルックバック」というタイトルに合わせて主人公達の背中のカットを多用していて、それらで時間の経過を表現していたりと物凄く効果的でセンスの良さを感じさせてくるのです。

他の作品でもそうでしたが、やはり藤本タツキ先生は映画的な演出を描くのが上手すぎるよなぁと。

 

そんな風に最初はとにかく「藤本タツキ先生の凄さ」が印象に残っていたのですが、二度目読んでみるとまた違った感想になってきました。

センスの良さだけではなく様々な要素がこの作品には詰まりまくっているのだと。

それだけに色々な読者さんの感想を読むのも凄く面白かったですし、ツイッターの感想なんかを見ているとなるほどなぁと思う事も多かったです。

それだけこの作品は語りたくなる要素ばかりで作られているのだと。

 

個人的に自分が好きだった部分をいくつか紹介してみたいと思います。

 

ざっくりあらすじ

 

一応簡単に「ルックバック」のあらすじを。

 

主人公は小学4年生の少女である藤野

漫画が好きで学年新聞に自作の4コマ漫画を毎回載せていて、皆からもチヤホヤされていて自分でもかなり自信を持っていました。

しかしそんな中で不登校の少女である京本が4コマ漫画を描く事となり、藤野は京本の絵の凄まじさによって自分の絵が大した事なかった事に気付かされてしまいます。

 

 

同い年の奴に自分が負けている事が悔しくてひたすら絵を上達させようと頑張る藤野

画力をアップさせる為に絵を描いて描いて描きまくり、家族や友達に絵を描くのを止められても負けじと頑張り続ける事に。

 

しかしそれだけ頑張ったのにも関わらず、6年生になった藤野と京本の画力の差はそれほど埋まらず

完全に心を折られた事で漫画を描くのを止めてしまうものの、卒業式の日に藤野は卒業証書を届ける為に京本の家へと向かう事になり、その日が藤野にとっての大きな分岐点となるのでした。

 

 

という事で基本的には漫画を描く藤野と京本の物語な訳ですが、漫画家さんが漫画を題材にした作品を描くのって色々と大変ですよね。

きっと藤本タツキ先生もこの作品の藤野には自分を投影しているんだろうなぁと感じます。

 

そして驚きだったのが、作中に出てくる4コマ漫画が全部ちゃんと面白い所です。

それが面白いからこそ作中のキャラの言動に説得力が出てくる訳で、この4コマ漫画には物凄く意味があるというのが凄い所なんですよね。

 

主人公の藤野の後ろ姿と140ページ超えの意味

 

本作は140ページ超えの読み切り作品という事で、当然普通の雑誌に掲載されるのは難しいですよね。

ジャンプ+という媒体での配信だからこそ140ページ超えの作品を読み切り作品として一気に読ませる事が出来る訳で、それだけにページも非常に贅沢な使い方をしていました。

 

タイトルとなっている「ルックバック」は「振り返る」であるとか「背中を見る」などの意味があるようで、作中では漫画を必死に描き続ける藤野の背中のカットが多数使われています。

机に向かって必死に筆を走らせる姿を同じ構図で描き、しかし着ているものや背景によって時間の経過を伝えてくるのが非常に上手いです。

唐突に何年後とか言われるよりもこの描写が繰り返された事で藤野がどれだけ漫画に向き合ってきたのかを読者も感じる事が出来るんです。

 

特に印象的だったのは京本の家から雨に打たれながら帰ってきた場面。

京本から褒められた気持ちが爆発していたのか、濡れた体を気にする事さえなく机に向かっている様子は物凄くエモいです。

この時藤野の人生が決まったとさえ感じれるような描写で物凄く大好きなシーンとなっています。

 

漫画や創作に関わっている人に刺さりまくる展開

 

しかし本作は漫画家として生きていく事・・・が一つのテーマとなっている(と思っている)だけに、刺さる人には物凄く刺さる作品になっていると思います。

絵や漫画、創作活動に関わっていない自分でもかなり刺さったので、実際に絵や漫画を描いている人にとってはもうなんとも言えない気持ちにさせられたのではないでしょうか。

そういう点があったせいか、ツイッターでは結構な数の漫画家の方が本作の感想をつぶやいているのを目撃しました。

同業者がこんなに人の作品を褒めているのを見るのって中々珍しい気もしますよね。

 

小学4年生の時点では自分が一番絵が上手いと思っていたのに、京本というレベルが違う奴の存在を知って愕然とした藤野。

周りの言葉も聞かずに必死に2年くらい頑張っていたのに、京本とのレベルの差は埋まらず。

これだけでも努力だけでは才能に勝てないと思わせるには十分な説得力があり、創作をしている人には結構響いてしまいそうな気がします。

 

しかし実際には京本は藤野よりも遥かに絵を描きまくっていたのです。

彼女の家の廊下には京本のスケッチブックがズラッと並んでいて、それが京本の重ねてきた努力を感じさせます。

 

とはいえ京本はそんな自分の絵を別に認めている訳ではなく、むしろ藤野に物凄く憧れを抱いていたというのがまた面白い所なのです。

それこそ同い年なのにファンだと言って着ていた服にサインをもらってしまう程に

 

藤野は京本にそんな事を言われても本人の前ではクールを貫いていましたが、帰り道で嬉しい気持ちが爆発してしまっていました。

そして止めたばかりの漫画に改めて本気の本気で向き合っていく事になるのです。

 

この辺りの展開もまた絶妙で、京本は確かに絵が上手いのですがそれはあくまでも背景的な上手さ。

それに対して藤野は京本に比べれば絵は上手くはないものの、4コマ漫画としてはちゃんと面白いのです。

京本がファンになった気持ちもある意味よくわかりますし、絵として評価するか漫画として評価するかによって全然評価が変わってくるんですよね。

 

藤野はシンプルに絵の上手さを求めていましたが、京本はその逆で藤野の漫画の上手さを評価していたのです。

実際問題漫画の世界では絵が上手いだけでは中々ヒットもしない訳ですし、この辺りのバランスは非常にリアリティがありましたね

 

二人の少女の成長

 

漫画を止めようとしていた藤野は京本に出会う前は空手の教室に通ったり友達と遊んでいたりしていました。

しかし京本と出会って自分の道を完全に決めた事で、学校でも一人ひたすら漫画を描き続ける事に

ある意味では結構暗いというか、孤独な道に進む事を決めたとも言えるんですよね。

 

とはいえそんな藤野の最大の理解者となってくれたのが京本。

相変わらず不登校ではあったものの、藤野と共に協力して漫画を完成させていく事に

それによってこれまではずっと藤野一人の背中のカットだった場面が、藤野と京本の二人でのカットに切り替わっていきます。

 

そして二人で漫画を出版社に持ち込む事となり、その作品はお互いの名前を合わせた「藤本キョウ」名義で賞を取る事に

ど田舎に住んでいるという事もあり、雪が積もりまくった寂れたコンビニで賞の結果を確認するというのも非常に映画的で素敵でした。

 

二人は賞を取った事で貰った賞金を手に仲良く遊ぶ事になるのですが、これがまた非常にグッときます。

不登校で自宅の部屋からも出られなかった京本が藤野と楽しく遊び、藤野に部屋から出してくれてありがとうと気持ちを伝えるシーンはもうちょっと泣けちゃいます

 

この二人はお互いがお互いを必要としているんですよね。

藤野は内心では憧れてさえいた京本と出会った事によって人生を決めていて、京本の方は単純に藤野の存在によって今を生きる事が出来るようになった。

ある意味では二人の世界がずっと続いていくようで閉鎖的な感じもしますが、その関係が非常に尊い気もするんです。

 

が、当然二人がずっと一緒にいられる訳でもありません

順調に二人で読み切りを何作品も掲載させていて、高校卒業も近づきいざ連載の話が出てきた所で、京本は藤野に美術の大学に行きたいのだと話を切り出す事に

 

藤野はプライドが高いせいで自分の本音を口には出せず、自分と一緒なら上手くいくはずの一点張り

しかし京本は自分の力で生きてみたいのだと言い切り、そこで二人の道は分かれていくのでした。

 

凄く良い関係ではあった藤野と京本。

しかし藤野は自分の中にあった京本への気持ちをそれほど口にしなかったのでしょう。

 

プライドが高いがゆえに京本じゃなきゃ嫌だなんて言い出せなかったんですよね。

そんな弱さを見せられていたらもう少し違った未来になったんじゃないかなぁと感じます

 

実際の事件を思わせる衝撃的な展開

 

京本と離れる事になり、一人で漫画家としての生活をスタートさせていた藤野

ここからはまた再び藤野一人の背中のカットが続いていく事に。

 

一人になったもののペンネームは相変わらず「藤本キョウ」のままで、彼女が描いている「シャークキック」は順調に連載が続き遂にはアニメ化も決定。

この「シャークキック」というタイトルもまた藤本タツキ先生っぽいですよね。

アニメ化まで決まったという辺りを描くというのも「チェンソーマン」のアニメが決まっている今の藤本タツキ先生の心境を重ねているような気がします。

 

そんな中で迎えた2016年の1月10日。

ひたすら机に向かい続けていた藤野の目に入ったのはテレビのニュースでした。

 

山形の美術大学の校内で住所不定の男が斧のようなもので学生達を斬りつけるという事件が発生した

 

それを見た藤野は嫌な予感を感じてすぐさま京本へと電話をかけるも繋がらず。

続けて母親に電話をかけて事件の詳細を聞き、藤野は手にしたスマホを落としてしまうのでした。

 

ここでかつて京本と初めての読み切り作品が賞を取った後の様子が描かれるのがまたキツイです。

いつも自信満々の藤野みたいに自分も絵が上手くなると語りかけていた京本

その言葉が実現しないのだと理解できてしまうような演出でしたからね。

 

美大生の通り魔殺人犯は逮捕されたものの、12人が死亡で3人が重症。

そんな凶行に走った理由は、大学内に飾られている絵画から自分を罵倒する声が聞こえたという無茶苦茶なもの。

そしてそんな無茶苦茶な動機による被害を受けて京本は亡くなってしまうのでした。

 

最初にこの展開を読んでいた時、こんな感じの事件が実際にもあったような気がしていました。

読み終えてから色々と色々な方の感想を読んでみると、どうやら本作が掲載される前日の7月18日はあの京アニの放火事件の日だったようです。

 

無茶苦茶な動機の事件としては京アニの事件がピッタリきますし、その一方でかつて京都精華大学でも通り魔による事件があったようで、そちらとシンクロしているようでもあります。

更に本作のタイトルである「ルックバック」の方にも実際のテロ事件との関係も読み取れていたりと、どれだけ色々な要素をこの読み切り作品に込めているのかと読み終えてから驚かされました。

無慈悲で許せない事件に向き合うようでもあり、忘れてはいけないのだと言われているようでもあり、藤本タツキ先生の強い気持ちがこの辺りに込められているんだろうなぁと感じました。

 

分岐したもう一つの世界の捉え方

 

京本が亡くなってしまい、絶望的な気分で京本の部屋へとやって来た藤野。

そこに残されていたかつて自分がこの場所にやって来た際に描いた4コマ漫画を発見してしまいます

 

その漫画を描いてしまった事が巡り巡って京本を死なせる事になってしまった。

自分がその漫画さえ描かなければ京本は死なずに済んだはずだった

京本を部屋から出さずにいたら京本が死ぬ事はなかった

と、全てが自分のせいだと感じて藤野は京本の部屋の前で号泣してしまいます。

 

しかしそこで破り捨てた4コマ漫画の一部が部屋の中へと入ってしまうものの、その漫画はかつての京本の部屋に届いてしまうのでした。

そしてここから場面は小学校の卒業式の日の京本視点に移っていきます

 

本来は藤野の4コマ漫画が届いてしまった事で部屋から出ていく事になった京本。

しかし4コマ漫画の1コマ目だけが届いてしまい、その1コマ目に描かれていたのは「でてこないで」というセリフ

それだけに京本はそのセリフを信じて部屋から出ず、藤野と出会わないままで日々を過ごしていくのでした。

 

藤野と出会わなくてもやはり絵を描き続ける日々は変わらなかったものの、藤野と漫画を描いていたルートと同じ美術の本に出会ってしまいます

そして結局京本は藤野と出会っていなくても同じ様に美術大学へと進む道を選び、運命の2016年1月10日を迎えるのでした。

 

休憩中の京本の前にはやはり被害妄想に取り憑かれた危ない男が姿を現します

理解不能状態の京本に対して男は工具のようなものを振りかぶり、容赦なく振り下ろしてくる事に。

 

京本は諦めてしまいそうになるも、そこで突如として現れたのはこの世界線の藤野

空手をやっているのか男に飛び蹴りを食らわしてそのまま男をKOしてしまうのでした。

 

隣町の道場で空手をやっていて、ランニングをしていたらたまたま不審な男を発見。

追いかけて空手キックを食らわせて撃退するも、藤野は転んで怪我して自分も病院送りとなってしまいます

 

京本は助けてくれたのが誰かも分かっていませんでしたが、連絡先を教えてもらう場面で相手が小学校の頃に憧れていた藤野先生だと気づきます。

憧れの存在とのまさかの再会に大喜びとなり、どうして漫画を描くのをやめてしまったのかと問いかけます

それに対して藤野は、最近また描き始めたから連載出来たらアシスタントになってねと言い残すのでした。

 

藤野がまた漫画を描いているという喜びそのままに家へと帰り、集めていた藤野の漫画を改めて見る事になった京本。

そこで空白のままの4コマ漫画の原稿を見つけてなんとなく描いてみる事に

しかしその4コマ漫画は風に飛ばされてしまい、部屋の扉の下から現在の藤野の元へと届いてしまうのでした。

 

という事でこの場面では藤野と京本が扉越しに時空を超えて不思議な繋がりをしていました。

扉の外が藤野の世界であり、扉の中には京本の世界があるようにも取れる演出でした。

「チェンソーマン」でも扉に関する重要な描写がありましたし、藤本タツキ先生は扉を重要な演出として使っているとも言えるのかも。

 

単純に京本が死んでしまう世界線もあれば、京本が死なない世界線もある・・・という考え方もありますよね。

この世界線では藤野が改めて漫画を描こうとしていますし、ある意味ではハッピーエンドルートのようでこれが一番皆が幸せだと言えるでしょう。

個人的にはハッピーエンドが一番好きなので、そんな風に考えるのが一番かなぁと思ったり。

 

しかし藤野が主役の物語として考えた場合は当然京本は死んでいるんでしょう。

タイトル名であったり作中の描写的にも、この作品は死を乗り越えて前に進んでいく事を重要視していると思いますからね。

ラストの描写を見れば少なくとも藤野の世界では京本が死んでいて、その世界で生きていくという感じでしたからね。

 

とはいえ別世界線では藤野と京本が楽しくやっていると考えたらそれはそれでちょっと幸せな気持ちになりますけどね。

 

ルックバックに込められた意味

 

別の世界線の京本から届いた4コマ漫画。

その漫画は大学の事件から藤野が自分を救ってくれた事を漫画にしたもので、そのタイトルは「背中を見て」というもの

4コマ漫画としてちゃんとオチがついていて面白いのが凄いです。

 

その漫画を読んで初めて京本の部屋へと足を踏み入れた藤野。

そこには藤野の漫画「シャークキック」のポスターが貼られていたり、単行本が何冊も並んでいたりと藤野から離れてもずっとファンだった事が伝わります。

 

窓には何故か4コマ漫画が何枚も貼られていて、そこから剥がれた1枚が部屋の外に飛んできた・・・という感じに見えます。

そもそもここに並んでいる4コマ漫画はきっと藤野の作品のはずで、ここに1枚だけ京本が描いた漫画が並んでいるというのはおかしな事です。

しかもこの世界線の京本は生きていない訳で、この事件についてを4コマ漫画に出来るはずもないのです。

 

それだけにここら辺の描写についてはなんとも言い難い所です。

別な世界線から京本の4コマ漫画だけが届いた・・・と考えるべきなのでしょうね。。

 

そして藤野が京本の部屋で見つけたのは、初めて出会った時にサインをしてあげた半纏でした。

そこで藤野の本名が「藤野歩」である事も判明するのがまたエモいです。

 

かつて京本に対して、漫画を描くのなんて全然好きじゃないと語っていた藤野。

楽しくないし地味出し面倒くさいし、一日中ボーッと描いていても全然完成しない。

読むだけにして描くもんじゃない

そんな風に語っていた藤野に対して、京本はじゃあなんで描いているのかと問いかけます。

 

藤野がその質問に答えた描写はされておらず、その代わりに藤野の漫画を読んでいる京本の表情が描かれていきます。

夢中になっていたり、驚いたり、感動していたり、笑ったり、満面の笑みを浮かべたり

 

この描写だけで、藤野はずっと京本に喜んでもらいたくて漫画を描いていたんだろうなぁと思えますよね。

きっと藤野は京本と一緒に漫画を作っていく事が何よりだったのだろうと。

 

京本の部屋で自らの「シャークキック」の11巻を読み終えて涙を流しながら立ち上がる藤野。

この11巻というのがまた面白い所で、11巻で完結となった「チェンソーマン」をイメージさせていて、12巻を描かなければならないという藤野の姿がそのまま藤本タツキ先生に重なったようにも感じられるんですよね。

 

絶望の中から立ち上がって自らの部屋へと戻り、京本の漫画を京本の部屋と同じ様に窓に貼り付けた藤野。

気持ちを新たに机へと向かい、最後もやはり漫画を描き続ける藤野の背中の描写で物語は幕を下ろすのでした。

 

とにかくもう読んでいる間は藤野と京本の関係が良すぎて、それだけに京本が死んだ事を受け入れられない気持ちになっていました。

しかし色々な人の感想を読んでから2回目を読んだら、また少し違った感覚で本作を読む事が出来ました。

 

そもそも本作のタイトルの「ルックバック」ですが、どうやらロックバンドのoasisの楽曲に「Don’t Look Back in Anger」というものがあるようです。

そして本作の1ページ目の背景の黒板には「Don’t」という文字が描かれていて、ラストページの背景にある本には「In Anger」という文字が確認出来ます。

そしてこの楽曲はテロ犠牲者の追悼で歌われる事もあるのだそう

 

意味合いとしては「過去の出来事に対して怒ってはいけない」みたいな意味のようです。

前を向いて人は進まなければならないというようでもあり、本作にはそういう想いが沢山散りばめられていた気がします。

 

徹底的に漫画を描いている後ろ姿を描いていたのもこの辺りを感じさせる為でしょうし、藤野も京本も振り返らずに前へと突き進んでいたのでしょう。

だからこそ藤野の名前を「歩」にしていたのだと思いますし、様々な要素が全て繋がっていたんだなぁと2回読んでようやく分かってきた気がします。

 

シンプルに「面白い!!!」と感じるような作品ではありませんが、物凄く考えさせられてそれでいて好きな部分がめちゃめちゃ多い作品だなぁと感じました。

読めば読むほど何かを発見出来るような深さもありますし、藤野と京本の関係も物凄く好きでした。

 

「ルックバック」の凄さについてのまとめ

 

 

凄い作品だとは分かっていても、それを上手く言語化出来ない作品でもあるなぁとも思ったりする事がたまにありますが、まさに本作はそういう感じでしたね。

面白いかと聞かれれば面白いと答えるでしょうが、どう面白いのかは言語化しづらいと思います。

 

「チェンソーマン」も「ファイアパンチ」も凄い作品でしたし、これまでの読み切り作品のどれも凄い作品でした。

しかし割とその凄さの中には尖った部分も多く、若干のイロモノ感もあった気がします。

もちろんそれが大きな魅力となっていた訳ですが、本作はそういう要素が抑えめでちょっとだけ不思議な要素が出てきた以外はかなりリアルな物語だったんですよね。

そのリアルさが物凄くグッと来てしまうレベルのリアルさで、だからこそとんでもなく色んな人に響いてしまうんだろうなぁと。

 

藤本タツキ先生は間違いなく天才なのだと本作で再確認しましたが、本作を読んでしまうと「天才」なんて言葉も安易に使うべきではないのかもしれないとさえ感じます

きっと作中の藤野や京本のように色々なものを必死に積み上げていき、机に向かい続けたからこそこんな物語が生み出せたのでしょうから

 

とにかく一言で言えば「面白い」でも「感動した」でもなくただただ「凄かった!!!」と言うべき作品だった気がします。

 

今回はここまで。

 

最後までお読み頂きありがとうございました!

 

 

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